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2017-10

愛車、売却 その2 - 2011.12.21 Wed

さて、車売却の話は無事まとまりましたが、次に待っているのは、車の名義変更に向けての手続きです。ここはエジプト、今までの経験上から、簡単には終わらないだろうことは、予測していました。

車を渡した次の日、車の所有者となっているみほが、手続きのために、アタバというエリアにあるトラフィックポリスデパートメントの施設に出向きました。場所が分からないということで、イッシーの知り合いのエジプト人が同伴してくれました。施設の外、門のそばに、馴染みのある三菱コルトが停まっていました。知り合いが連絡をしておいてくれて、購入した男性も合流して手続きの窓口に向かいます。ここで、みほと車を購入した男性の間で、何の問題もなく(つまり、きっちりと全額お金が支払われて)車の売買が行われたことを証明する正式な書類を作成してもらう必要があるようでした。その部署には書類を作成する事務方の他に、きちんと身元を証明する書類などがそろったうえで、書類作成を許可する人がいました。その他に、いつからか制度が変わったらしく、正式にその書類にサインをする人物、日本でいう行政書士のような役割の人物を雇わなくてはいけなくなったようで、その場にいたその資格を持つ男性と交渉し(この辺は同伴してくれた知り合いがやってくれました)、少し安く仕事をしてもらえることになりました。

みほの身元を証明するものとして、パスポートとそのコピーを持参しました。日本国民の一番のIDです。ビザが切れていないことの証明の部分のコピーも準備しました。そして、車はみほの名義。購入した男性の国が発行したIDのコピーもそろっています。それでも、書類作成の許可が下りませんでした。これでは身分の証明が不十分、という感じでしょうか。いや、おそらくはそこで袖の下でも忍ばせれば、簡単に書類は出来たのでしょうが、そんなものは決して出すつもりのないみほ、そんな雰囲気が漂っていることは察知したものの、そんなこと、思いつきもしなかった!という顔で、何とか相手が折れるのを待ちました。結局、みほのダンナ、イッシーがもっているエジプト政府が発行している特別なIDカードが必要だというのが理由でした。イッシーは仕事中で、それを持ってくるわけにはいきません。それに渋滞の多いエジプト、窓口が早くにしまってしまうエジプトではイッシーの職場までそのカードを受け取りに行っても時間内に戻ってこれないでしょう。というわけで、その日のその施設での手続きに関しては、後日に持ちこしということになってしまいました。

それでもあきらめきれないみほは、いったんイッシーの職場によって件のIDカードを借りた後、そこからはそれほど遠くないところにある政府施設でも同じ書類が作ってもらえるという話を聞いて、今度は一人で出かけてみることにしました。そこは、先ほど言った施設とは違い、ゲートの部分でしっかりしたセキュリティチェックがありました。訪ねてきた理由を説明したところ、ここは特別な立場の人のためだけの施設なので、その書類はここでは作れないという説明でした。そして、みほの話を聞いたうえで、必要なのはカードではなくて、あなたの夫が足を運ぶことだよ、と念を押してくれました。この日はそれでタイムアップ、作業はやはり次の日に持ちこされました。たまたま次の日はイッシーがもともとお休みを取っていたので、イッシーも手続きに同行することになりました。そして、これまで窓口になってくれていた知り合いも、責任を感じて仕事を休んで付いてきてくれることになりました。

名義変更をする際には、これまでの違反と、その罰金をきちんと支払ったことを証明する書類が必要だということで、本来は購入した男性が立て替え払いをし、あとでレシートを持ってきて清算する、という話になっていましたが、朝一で動き始めれば待ち合わせ時間の前までに、その書類を手に入れられるのではと思い立ち、みほは子供たちをイッシーにまかせ、1人、政変の際燃やされてしまった、思い出のアグーザトラフィックポリスデパートメントへ出向きました。8時半過ぎには施設は開いていました。そこで働いているらしい若い女性が声をかけてくれたので、アラビア語で「ペナルティペーパー」と書かれた紙を見せながら、これを手に入れたいのだということを伝えました。運のいいことに英語の出来る女性がいて、それはここでは受け取れない、ドッキの方だ、と通り名を教えてくれました。その通りの場所を確認しようと、持ち歩いているカイロ地図を広げたみほに、「それ見せて」といい、地図を眺めながら、「このへん」と指差して教えてくれました。残念ながら地図にはすべての通り名が書かれているわけではありません。彼女が示した通りも名前がなく、確かめようがなかったけれど、あまりに自信満々で指差したので、この辺に行ってそのあたりにいる人に聞いてみればいいや、という感じで移動を始めました。この時点でイッシーに経過を報告しようと電話をしましたが、つながりませんでした。

とりあえずは目的の場所あたりまで、ひたすら歩きました。30分ほどでしょうか?そろそろ彼女が地図上で示したあたりだぞ…と思っていると、イッシーからの連絡がありました。状況を説明すると、「じゃあ、退避一時帰国後戻ってきてから、アミーラさんに連れて行ってもらったあの施設かな?」とイッシーが言いました。そこは、確かにドッキエリアで、でも地図で示された場所よりははるか手前です。まさか、と思い再び地図とにらめっこ。教えられた通りの名前を探しました。イッシー大正解!伊達にエジプトで3年近くも仕事をしているわけではありませんでした。エジプト人は地図が読めない、ということ、エジプトで道を尋ねる場合には最低でも3人には聞いてから、といった大原則をすっかり忘れていたみほはそこから来た方向に逆戻り、15分ほどで無事に目的の場所にたどり着きました。

ゲートの所で再びペナルティペーパーとアラビア語で書いてある紙を見せると、ここで大丈夫とのこと、通りかかったおじさんがその窓口の見えるあたりまで付き合ってくれて教えてくれました。たくさんの窓口が並んでいます。入ってすぐのところの窓口に座っていたお兄さんに紙を見せると、あっち、と指差して教えてくれました。そちらの方向にある窓口で再び紙を見せると、アラビア語で何かを言われました。みほの横に立っていた男性が、英語でカーライセンスを出すように教えてくれました。窓口のおじさんがアラビア語で「アラビア語も分からないのに何で一人で来るんだ?」といった感じのことを言ったことが分かりました。でも、今までも経験からして、アラビア語の出来る人を下手に連れて行くよりも、アラビア語での出来ない外国人だけで乗り込んだ方が、こういった場合はスムーズにいくような気がします。窓口のおじさんの方も、力を貸さずにはいられない気持ちになるからかな?案の定、めちゃくちゃスムーズに事が運び、窓口についてから15分程度ですべての手続きが終わり、多分以前反則切符を切られた駐車違反の罰金45ポンドを納めて、無事ペナルティペーパーを手に入れることができました。

地下鉄を使ってみんなとの待ち合わせのアタバのトラフィックデパートメントに急ぎました。そうたを幼稚園に送ったイッシーは先に到着していて車を購入した男性たちと一緒にローカルなカフェでお茶を飲んでいました。車を買ってくれた男性たちをカフェに残し、イッシーとみほ、手伝いのために仕事を休んでくれた知人、そして昨日と同じ手続きした書類などにサインをしてくれる男性の4名で、再度手続きに向かいました。

結論からすると、イッシーを連れて行ったことで対応していた男性の態度が一変、その後もなんだかちょっとしたトラブル?(小遣い稼ぎのためのチャレンジ??)はありましたが、イッシーその場をコントロールするために大げさに怒鳴りつけ、それを知人がなだめるという身内のコント(ダチョウ倶楽部?)みたいなことをして、余計な出費を回避し、無事に書類を受け取ることができました。やはり男性中心主義のアラブ社会、妻名義の車の売却に夫も駆り出されるのか~と思った出来事でした。

我が家が約2年半使い、日本人からみれば走行距離は短いけれど傷だらけの車が、エジプトポンドでいうと購入価格から約25%減価償却された形でお金が戻ってきました。しかし未曾有の円高に加えて、政変によるエジプト社会の不安定な状況が為替相場に反映されて、円ベースで考えると価値はさらに減り、でも、半額までは下がらなかったので御の字というところでしょうか。日本で車を売るときのことを考えればだいぶいいけれど、我が家の家計にとっては厳しい数字になりました。

車が売れてからも、すでにイッシーの電話番号を入手していた顧客候補、以前不調に終わった人、街で見かけてコンタクトの電話番号を控えていた人たちからの連絡は続きました。少なくとも現在のエジプトでは車を売ることに関しては、法外に欲張らなければそんなに苦労はしないようだということが分かりました。それにしても、政府が関わるだけで、たかが単純な、いってしまえば「売りましたよ、買いました、はいそーですか」という書類を作るための売却手続きに2日間かかるなんて…革命後、賄賂のやり取りは厳しく規制され、一時はその方針は徹底されて、成功しているかに見えましたけれど、これがエジプトの現実で、現状というところです。

こうして無事、我が家は車の売却、という大仕事から思ったより早く、解放されたのでした。後はお土産を買そろえ、帰国荷物を準備して、帰国日まで怪我、病気、トラブルに巻き込まれないようおとなしく、慎重に過ごすだけになりました。正直ホッとしていますけれど、やはり無事カエルということが一大事業、終わりが肝心なので、まだまだ気を引き締めて生活したいと思っています。

R0014818.jpg
我が家の車売却の決め手となった、車を半日駐車していた通り。別の日に偶然にも我が家の車をとめていたまさにその場所に色違いの別の人のコルトが停まっていたので、コルトなんてカイロの街中にそれほどの台数走っていないのに、と思わず写真に収めてしまいました。


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