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2017-06

どんないえにしよう? ~理想と現実~ - 2011.08.23 Tue

さて、根を下ろすべき場所が決まり、次はどんなタイミングで、どのような家を、誰と、どんな風に建てるかということ考えることなった。

憧れのログハウス、そして憧れのセルフビルド、まず最初に抱いたイメージというか、理想はそんなところだった。

なにしろ、イッシーは北の国からの大ファン、みほもその影響を多分に受けていたし、また、みほはもともと簡素な足りるを知る生活が理想なため、大手のハウスメーカーで建てるよりは、五郎さんのように自分たちで自分の家を作れるのならそれにこしたことはないし、きちんと作ったほうがよいところや難しすぎるところだけ業者さんに入ってもらえればと感じていた。

そもそも土地を決めるだいぶ前、真剣に自分たちの家を建てようと考え始めたときのイメージではログハウスを建てようと思っていたのだから、まずはログハウスがどんなものか、費用はどの程度かかるかということを調べるため、それ系の雑誌やハウスメーカーを見学しにいった。

しかし、美山の里は標高1200mの高原で、厳冬期のピーク時はマイナス17度程度まで落ち込むことがあるという。イッシーは極度の寒がり(キリマンジャロ登頂などタフな経験を積んでいる割にはひ弱)なので、美山の里での生活では北海道並の性能の住宅が必要かもしれない。さて、どうしよう。ここは悩みどころだ。

イッシーの仕事の都合で、すぐに家を建てる状況にないし、この先も場合によっては長期不在になることもあるかもしれない。ログハウスは人が住み続け、手をかけて住む家ということで、特に原村のように環境の厳しいところでは、よりシビアだというアドバイスを多数頂いた。

幸い、当初検討していたより広めの土地が手に入ったので、ログとセルフビルドの夢は将来の小屋作りなどに先送りして、在来工法の高気密・高断熱の家を建てる方向で検討することに決めた。

家について検討し、プランを考える時間は長いほうがよいと考え、こんな果たして支払い能力があるのかないのか怪しい私たちと一緒にやってくれる業者さんがいるのか不安があるけれど、土地を仲介してくれたFさんとグリーンビューさんの紹介で、3名の業者さんと話をしてみることになった。


誰といえを建てよう ~依頼先探し1~ - 2011.08.27 Sat

家づくりのプランを考えるにあたり、まずはそのパートナーを探す必要があった。

原村周辺の建築業者を調べただけでもそれはもうたくさんあるのに、どう候補をしぼり、選べばいいのか。私たちの選び方はこうだった、まずは自分たちが信頼できる人に、信頼できる業者さんを紹介してもらった。

Fさんから2社、Aさんから1社紹介していただいたので、まずはその3社をあたってみて、良い出会いが与えられるか、すぐ家を建築するわけではないのでじっくり検討するつもりでいた。

1番手はDハウス、検討した中では、外観は一番好みの家を作り、窓もドイツ製の凝った開閉機構がついた、窓フェチイッシーを満足させる逸品を使っている。

原山の森の中で見て、あぁ、なんて素敵ないえなのだろうと思った家の一つはDハウスさんが建てたお家だった。

自分たちのイメージではないと感じた部分は、こもった感じの天井の低さと(実際にはそんなに低くないけれど視覚的に低く感じる)、自分たちの望む家の広さや、設備を入れると建築コストが高くなりそうなところだった。

対応していただいた社長さんもとても気さくで話しやすくて素晴らしい人柄だった。

2番手のK建設は地元で代々工務店を営む、まさに信用第一で商売をしているという、実直そうな若旦那が対応してくれた。この工務店は、いろいろ話してみて気になる部分があり、唯一、再度時間をとってもらいお話を聞きにいった。

見せていただいたお宅は、その言葉の通り、丁寧な施工をしていることが細部の仕上げから読み取れ、いい職人さんと仕事をしていることが分かり、好印象だった。

ただ、地元の普通の工務店のため、ちょっとおしゃれなお家を作ろうという場合は自分で建築士を探して設計してもらうほうがよいということなので、ちょっと上級者向けかなと感じた。

現実問題、日本に常にいるわけではなく、知り合いの建築士がいないわけではないけれど、遠方に住んでいるし、かといって自分たちが家を建てて欲しいというほど入れ込んでいる建築士がいない私たちにとっては難しい依頼先であった。


誰といえを建てよう ~依頼先探し2~ - 2011.08.28 Sun

3番目に検討した会社は今回検討した中では一番小さい会社だった。建築士さんが個人経営しており、建築創作工房というテーマに沿って家づくりに取り組んでいる、ホームデザインHARATAの原田さんにお会いした。

原田さんは変わった建築士さんで、プランを作り、図面を引くだけなく、自ら現場に入り、施工の監理をしつつ、時には自らチェーンソーを使い加工や造作を行い、大工さん他施工関係者たちと身体を使って働いているのだ。

イッシーもみほも以前は体を使いつつ、頭も使うというような、体で考えるというような仕事をしていた。そのため、肉体労働で体は疲れても、体を使い考えるほうが心身は健康になり、そのほうが頭もスッキリして良いアイデアが浮かびやすいことを知っている。

イッシーなどは現在、やや現場から離れ、オフィスワークが仕事の大半を占めるようになり、身体も心も曇ってばかりなので、日々身体を使って仕事をしている人のことは無条件にえらいと思っているようである。

実は原田さんと出会う前に、すでに無意識に原田さんの作った家を何軒か好感を持って見ていた。

原田さんの設計で家を建てた方にお会いして話を聞く機会をいただいたが、実際に家を建てた方とお会いしてお話をすると、短い時間でも、建築した本人から話をきくより色んなことがよく分かる。そして、その人が自分の家を愛し大切に思っているのを肌で感じた。

原田さんの作った家は特に内装で独特な木の使い方をしており、こんな家に住みたいと思わせてくれた。

みほは原田さんの作る家の外観よりも、人柄が信頼できそうというところと、家の中身に惚れて早々と心を決めていた。

イッシーは家の外観は好きなタイプなのになんかどこかで自分の趣味とズレていると感じつつ、また、なんとなく話が弾む感じではないと感じており、家づくりをお願いすることにものすごい乗り気というわけではなかった。

しかし、そういった方向で自分と感性が合わないほうが信頼できる人柄と思う変なところがあり、信頼出来る相手だと思っていた。

2人ともあっさり一緒に家づくりをしたい人が見つかるとは思っていなかったし、まだまだ時間があるので、もっと色んな人にあって、検討を重ねたほうがいいのではという気持ちも少しあったので迷っていた。

しかし、この仕事には信頼関係こそが一番重要な要素となることが私たち2人とも分かっていた。

そして、私たちは原田さんに家づくりのパートナーとなってもらうようお願いをした。


ホームデザインHARATA - 2011.08.29 Mon

私たちが原村(美山の里)へ移住をするにあたり家の設計と施工をお願いした、ホームデザインHARATAの原田さんは、信州省エネ住宅研究会事務局としても活動し、地球環境に優しい、人に優しい家づくりを標榜し、仕事に取り組んでいる建築士さんだ。

そして、木にこだわり、しかし建築コストをあげないように銘木などは使わず、工夫と手間で素敵な家のプランを作り上げる実力派だ。

工法は、在来工法で高気密・高断熱の家を作り、建築後の家の中と外の気温データを取るなど、日々研鑽を重ねている。なんと、水道の配管なども工夫することで寒冷地なのに凍結防止帯不要で住宅設備も寒冷地仕様でなくても大丈夫だという。

私たちのような素人にも分かり安い特徴は、外観は白い塗り壁と黒っぽく塗装された付柱がモダンな印象で、大屋根の傾斜が緩いもののなんとなくヨーロッパ風である。立派な基礎と仕上げの細部がとにかく丁寧である。

ただ、外観は原田さんのきっちりした性格を反映してか、パリッと音がしそうなほど線がかっちりしており、私たちは歪みやぶれというものが好きで。工業製品としては真っ直ぐな線がでていて当然だし、あたりまえなことだけれど、その真面目すぎる外観は少し好みからは外れている。

室内は、立派な無垢板をチェーンソーで荒々しく加工し、古代色の柿渋で塗装してシックな雰囲気が特徴的である。玄関、キッチン、トイレなどのカウンターは原田さん自身が造作の手を入れている。高い天井と塗り壁と木の雰囲気がとても素敵だ。

みほなどは無垢板の造作キッチン+造作カウンターの組み合わせをみて一瞬にしてびびっときて、原田さんに建築をお願いしたいと決めてしまったくらいで、荒々しい中にも温かみのあるまさに一品物というにふさわしい、世界に一つしかない素敵な出来栄えだ。

すぐには家を作れないという我々のプラン作りを快く引き受けていただき、それどころか、もうすぐ御柱祭があって、お祭りの前は仕事にならないから、どうあっても建築開始がお祭りの後になる私たちの依頼は余計都合が良いとおっしゃっていた。なんと、仕事を効率よく受注することよりも伝統行事優先だ。ローンを組めるかどうかも分からない私たちの話を真剣に聞いて取り組んでくれる、それだけでも素晴らしい人柄が分かる。

家の仕様は次世代省エネルギー基準でいうところのⅠ地域と同様の断熱性能を持たせる。断熱材はパーフェクトバリアやアクアフォームといったものを選択でき、窓は木製のLow-Eペアガラスサッシで、場所によっては3重窓の樹脂サッシを使うようにして高気密高断熱の住宅を建築する。

そうすることで、厳冬期でも暖炉ひとつだけで暖かく暮らせる家、明け方になっても約20度前後の室温が保たれる家になるということだ。なんと素晴らしい技術、家が完成するのが本当に楽しみだ。


家づくり開始 ~地盤の整地~ - 2011.08.30 Tue

ついこないだブログを始めたばかりでボチボチと家づくりことを過去に遡り書いているため、記事ではようやく家づくりの依頼先が決定したところだ。ところが実際の美山の里では、お盆明けより家の建築工事が始まっており、つい先日、ホームデザインHARATAの原田さんから第1便の写真がメールで届いたのでアップロード!!

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海外にいて、一時帰国の予定もないため、実際に工事が見られないのは本当に残念だけど、こうやって写真を送っていただくことで、工事の様子が分かりかなりテンションアップした。嬉しい。


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写真の構図のおかげか、なんか巨大な穴で、こんな大きな家だったっけ?


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なんとなく地面が人工的な色で均されてて、なんか家の基礎っぽい(実際はただの地盤)。


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地面に太いパイプが差し込まれている。なんか詳しくはよく分からないけれど地熱を利用するための仕掛けらしい。


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すっかり綺麗に均されている。丁寧な仕事をありがとうございました。


地鎮祭 - 2011.08.31 Wed

そもそも私たちとは宗教が違うので、イッシーは地鎮祭をするつもりはなかった。そうはいっても日本で生まれ育っているため氏神さまや土地、土地に神様がいてというような感覚は自然に理解はできる。

結局、イッシー、みほの親の意見、工事をする人たちの気持ちを考えて、縁起ものということで地鎮祭を行うことにした。

なんと地鎮祭を行ってくれた神官は、今後、この地に住むにあたっては避けて通れない、というかおそらく子供たちがこの地で育つにあたり、記憶の中の故郷を構成する重要な要素となるであろう、御柱祭や由緒正しき格式ある神社として有名な諏訪大社からお越しいただいた。


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これが我が家の地鎮祭を執り行ってくださった諏訪大社の神官さん。


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奉納品というんでしょうか、名前が入っているのが少しこそばゆい。


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ホームデザインHARATAの原田さんからの連絡では、「雨降って地固まる」と昔から言うとおり、地鎮祭終わるまで雨が降り、地盤を固める砕石に水が良くしみ込みこの度実施した作業にとっては最高の環境下だったということでした。

神官さんや工事関係者の方は大変だったと頭の下がる思いですけれど、雨の降る中、この地への祈りを捧げ、住まわせていただく許しを得るためのご協力をしていただきました。本当にありがとうございました。


諏訪大社について理解を深めるため、ちょっと調べてみた。
平安時代から江戸時代を通じ上社では諏訪氏が、下社では金刺氏が大祝を務めている。末社は2万5000社に及び神社本庁別表神社として宗教法人諏訪神社によって運営されている。

1948年(昭和23年)に諏訪大社の号が用いられるようになり、現在、氏子・崇敬者の総人口は日本国内に10万人~50万人、国外に数百人いるといわれている。

諏訪湖の南側に上社(かみしゃ)本宮・前宮の2宮、北側に下社(しもしゃ)春宮・秋宮の2宮があり、計4つの宮から成る。社殿の四隅に御柱(おんばしら)と呼ぶ木の柱が立っているほか社殿の配置にも独特の形を備えている。

本来の祭神は出雲系の建御名方ではなくミシャグチ神、蛇神ソソウ神、狩猟の神チカト神、石木の神モレヤ神などの諏訪地方の土着の神々であるとされ、現在は神性が習合・混同されているため全てミシャグチか建御名方として扱われる事が多く、区別されることは非常に稀である。

神事や祭祀は今尚その殆どが土着信仰に関わるものであるとされる。記紀神話が伝えるところでは、天照大神の孫、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の降臨に先立ち、武甕槌命(たけみかづちのみこと)が、出雲を支配していた大国主命に国譲り、つまり出雲王朝の支配権を譲渡するように迫ったという。

これに対して、大国主の長男である建御名方命が、国譲りに反対し、武甕槌命と相撲をしたが負けてしまった。そこで建御名方命は諏訪まで逃れ、その地で王国を築いたという。諏訪大社の起源は、この神話にあるといわれ、八幡や住吉など他の信仰にも見られるように個々の祭神が意識される事は少なく、纏めて「諏訪大明神」として扱われる事が殆どで他に「お諏訪様」、「諏訪大神」などと呼ばれているそうである。

お諏訪様、これからこの地に根を下ろさせていただきます、見守ってください、よろしくお願いします。


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