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2017-06

おもひでぽろぽろ ~移住先候補その1~ - 2011.08.16 Tue

これから住むべき場所を選ぶにあたって、私たちが決めていたのは田舎に住むということだった。イメージはヨーロッパやニュージーランドのクライストチャーチなど、簡素ななかにも美しい家並みに暮らしたいと思っていた。

とりあえず子供の教育もあるし、老後のこともある、ましてや故郷として末永くお付き合いするのに田舎といっても過疎地じゃまずいということで、医療施設、教育施設、福祉施設、公共交通、交通インフラなども地域を判断する際の検討材料にした。

結婚した当初はニュージーランド、クライストチャーチ近郊への移住を本気で考えていた。しかし、完全なネイティブスピーカーというわけではないから、元気な今はよくても老後も海外というのは案外つらいかもと思い直し、日本での定住を考えることにした。

その日本にしても、北は北海道から南は沖縄まで、特に今の生活ではどの土地にもしがらみがないので、本当に自由に検討することができた。ただ北海道や沖縄はさすがに極端なので、とりあえず考慮の外に置くことにした。

ある程度は絞らないと決められないし、頭で考えていてもまとまらず、見つかりそうもなかったので、行動しながら自分たちの好みを体感するため、まずは以前2年ほど住んでおり、土地勘のある福島県N市D温泉に行ってみた。

D温泉には長女のうみが産まれた時からお世話になっており、今でも一時帰国で訪問する度に泊めてもらっている大家さん一家のお宅があるので、まずはそこの移住状況をリサーチした。

安達太良山はとても美しく、特に桜の季節や紅葉の美しさはとても素晴らしい。ただ家や町並みには特になんの配慮もされていないため、観光地ではあるのだけど、家々と自然の関係は融合せずに、お互いに浮き立った景観となってしまっている。

D温泉は特にその周辺環境立地の割に坪単価が高く感じられ、また私たちもよく知っているだけに古くから住んでいる人と、Iターンした人たちとの関係や今ひとつまとまりきれない地域コミュニティの雰囲気も気になった。

廃業したホテルや商店などが放置されており、地域を活性化させるには運と多くの関係者の努力が必要になってくる。

私たちは過去に海外の最貧地域の開発の最前線で働き、また世帯主のイッシーは仕事で開発を生業としているので、地域開発の難しさは身に染みている。異国での開発と違い、言葉が通じる同族だからこその難しさや自分がこの地域を変える原動力になるという覚悟を持てないとD温泉で楽しく暮らすことは難しいのではないかと感じてしまった。

親戚付き合いばりにお世話になっている家族がおり、過疎化のためこじんまりとしたアットホームなその地域の小学校はとても魅力的だけど、地域や家並みや周辺環境は私たちだけが素敵な家や庭を作ればいいというわけにはいかないので、残念だけどD温泉は移住検討先から除外することになった。


アンダルシア茄子 ~移住先候補その2~ - 2011.08.17 Wed

次は昔からイッシーはなにかと遊びにいったことがあり、友人の両親が移住し、また仕事で知り合った人が暮らしていることもあり、良い印象をもっていた栃木県のN高原へ、2008年9月、行ってみた。

この土地探しの直前までは島嶼国であるパプアニューギニアのポートモレスビーに住んでいた。美しいエメラルドグリーンの海が見える高台のアパートに住み、毎週のようにダイビングに行っていた。そのほか珊瑚海、ものすごい透明度をほこるケビエンの海、陸の孤島、秘境トゥフィの海、美しい海を堪能し尽くしており、もう海はいいということだろうか、空気が乾いた海外暮らしに慣れてしまい、湿気の多い日本では、高原以外では生きていけない身体になっているということなのか、候補地の選定そのものが偏っている気がしたけれど、それも縁、私達家族の好みということで片付けた。

地元の小学生相手に国際理解教育を行う授業の講師としてお誘いを受けたので、その合間に街並みや不動産関連を調査してみた。

N市にはなんの縁もゆかりもないけれど、宇都宮近郊まで行けば医療施設もそれなりに充実しており、教育機関も数多くあり、新幹線の駅やアウトレットモールもそれなりに近い。都心から2時間以内のリゾートとして、なかなか魅力的な開発が行われているようだ。

街中でなければ、土地も安いし、特に中古の不動産はとても安く数多くあるので、探せばお値打ち中古住宅なども期待できそうだ。ただ、別荘と定住エリアに物心ともに距離があり、私たちが望むような街づくりはされていないようだ。

景観条例があるため、リゾートエリアの雰囲気はとても素敵だけど、自分たちの住みたい地域と一般に考えられている定住地域が離れているのが気になり、決め手には欠けるという感じだった。


閑話休題 - 2011.08.18 Thu

その他の候補としては、四国はイッシーあこがれの野田知佑の移住した徳島県、清流の宝庫で、川遊びやアウトドアの楽園というイメージ。そして、みほが育った九州からは、海外に出る前に働いていた大分県に久住高原という魅力的な場所があり、徳島も大分も山の幸だけでなく、海の幸も期待できるためとても魅力的な選択肢だった。

故郷ってどんなものなんだろう。中途半端な地方都市のあんまり特色のない街で2人とも育ったため、イメージが湧かない。多分かけがえなのない時間を過ごし、大切な人や場所があればそれが故郷なのかな。

いつか離れることがあっても帰りたくなる場所に住みたいと思った。
マラウイでのイッシーの任地は一番近い街(デッザ)から約15km離れたチョンゴニフォレストリーリザーブというところだった。主に針葉樹が植林された、森林保護区の中に住み、標高1600mの高地だったから常にさわやかな空気と緑が周囲にあった。

その森での暮らしは電気や水の問題が常についてまわり、生活物資が買えるマーケットが開くのも週1度、金曜日のみだったからとても不便だったけれど、私たちはとても大好きだったし、他の仲間も街での活動に疲れると、疲れを癒しに訪れるようなそんな場所だった。

毎日のことではないけれど結構な頻度で夜になると電力の供給が厳しくなり、40Wの電球が就寝灯ぐらいの明かりになってしまうため、ロウソクで明かりをとり、夕食を食べた。夕刻以降の寒さは暖炉で暖をとった。その頃は薪に関する知識もないので脂の多い松ぼっくりで焚付をして、生木みたいな薪をがんがん燃やしていた。

約3年過ごしただけなのにマラウイに帰りたいなと時々無性に感じる時がある。あんな人里はなれた陸の孤島みたいな場所にずっと住みたいというわけではないけれど、あれが私たちの故郷を想うということを意識する原体験みたいなものになっているような気がする。

それ以降、旅の途中で立ち寄り、中長期に渡り過ごしたいくつかの街の中ではニュージーランドのクライストチャーチが、私たちの求める条件を考慮すると最も理想に近い街だと思う。スイスにも素晴らしい景色、素敵な村がいくつもあったけれど、旅の途中で通り過ぎただけだったからか、残念ながらそこを故郷にする気は起こらなかった。

刺激的な遊びや、華やかなお店などはなくてもいいから、慎ましやかに、シンプルな暮らしの中、家族が優しく過ごすことが出来そうな場所に住みたいと思っていた。


ひこうき雲 ~移住先候補その3-1~ - 2011.08.19 Fri

2008年10月8日から10日にかけてまたもや縁もゆかりもない土地を見に行くことにした。

しかし、なんのきっかけで尋ねることになったのか、今となってはよく覚えていない。ネットでIターンをキーワードに検索して上位に原村という地名を見たような気がする。蕎麦好きのイッシーとしては信州という言葉の響きにときめく部分はあっても他の家族には特に思い入れはない。当てずっぽうで茅野市を目的地として旅行に行くことを決めたのは鎌田實院長で有名な諏訪中央病院もあるし、とりあえず山遊びといえば長野だし、行ってみようかという程度のことだろう。
あえて縁といえば、イッシーのお父さんが亡くなる前、八ヶ岳のみえる信州のどこかで療養したがっていたということくらいだろうか。

ちなみに、この旅行前に茅野市にある不動産屋数件にアポをとるために送信したメールを発見したので、ここに貼りつけてみる。

「はじめまして。
家族構成は夫婦と子供二人(5歳と1歳)です。
現在、家族で住む家、土地を探していて、
インターネットその他でいろいろ調べる中で
茅野市に興味を覚えました。
3年間の海外滞在の後、8月の末日に日本に
帰国し、現在は実家に居候状態ですので、
気に入った場所、そして希望に合った土地、
すぐに住めるような建物があれば、すぐにでも
移り住みたい、という状況です。

このままインターネットで見ていても仕方ない
と思い、まずは茅野市がどんなところなのか、
希望に合うような物件があるのか、実際に
出かけてみたいと考えています。

子供がいるので、通学が現実的な場所で、
土地はできれば最低で150坪以上、小さなものでも
かまわないので、すぐにでも生活が始められそうな
物件を見つけることは可能でしょうか?
・・・というような相談をさせていただいてもかまいませんか?
何しろ、こういうことは初めてで、どうしたらいいのかも
よくわかっていません。
もしも相談に乗っていただけるようであれば、10月の
8日から10日あたりにかけて、茅野市に出かけてみようと
考えていますので、そのときにそちらの会社に立ち寄らせて
いただきたいのですが。

まずはお返事をお待ちしています。」

なんとまぁ、怪しい文面、ずいぶんとフットワークが軽い感じで、でも自分たちがこのメールの受け手であれば、この人達はお客になるのかなと訝ってしまうと思われる。

準備といえそうなものはこのアポ取りと白樺湖半の宿の予約くらいで、なにせ私たちはほとんど長野県に行ったことがなく、自分たちの旅行でも中央自動車道すらまともに走ったことがないので、旅程そのものがとても新鮮だった。

あたりまえだが土地勘もまったくなく、近隣の街の位置関係もまったく分からなかったので、行き当たりばったりで諏訪南インターで高速を降りて、目的の茅野市までの経路に、ネットでみた原村があるので、時間もあるからとりあえず役場訪問でもと、アポ無しで移住担当のかたにお話を伺うことになった。

爽やかな高原の空気、八ヶ岳が近くに迫っているけど、なんか大好きな北海道のように空が広い。とても好印象で、ちょっと運命の出会いみたいなものを感じた瞬間であった。

飛び込みで訪ねたにもかかわらず、担当者が、原村の特徴など、移住に役立ちそうな情報を資料をもとに、ひと通り説明してくれた。時間があるようなら田舎暮らし案内人を紹介します、というのでお願いすることにした。役場の駐車場で待ち合わせをしていると、いかついエアロで武装したパジェロに乗ってその案内人、Fさんは現れた。

人との出会いは本当に縁なのだろう。Fさんとの出会いで、迷走気味の私たちの故郷探しは現実のレールに乗って動き始めることになった。


残され島発見 ~移住先候補その3-2~  - 2011.08.20 Sat

Fさんはペンションを経営する傍ら、土地の仲介も行っているという人物で、地域愛や自然や景観を守る熱い心を持っている。子供がいるので、通学の利便性なども考慮にいれたいという私たちに「わざわざ原村みたいなところに移住してくる方が街場の土地を見にきたんではないでしょう」とFさんはズバリ言った。

そしてまず原山の森の中の家々を私たちに紹介し始めた。そこに建つ家々の素敵なこと、そして庭の木々も素晴らしい。私たちの理想の暮らしの景色がそこにはあった。まだいくつか開発される土地はあることにはあるけれど、残念ながら今時点ではお薦めの土地はないという。

素敵な森の集落に心を残しつつ、次に案内されたのは蓼科グリーンビュー開発さんという会社が開発し、景観を守るために電線やケーブルテレビでの配線などを行政に頼らず地下埋設している「美山の里」という住宅地だ。その当時は別荘が1軒、半定住の家が1軒、定住の家が2軒建っており、今後ほどなくあと2軒ほど家が建つ予定とのことであった。

そこは計9区画、全てが300坪以上で分譲されており、元々の地名は深山ということもあり、深い森を切り開いて開発された土地だという。その美山の里で1区画だけ、つい最近お客さんでもう殆ど契約までいったけれど、資金の問題で購入を断念され、残っている区画があるというので見せていただくことになった。

縦長のその土地は中央に40~50年は樹齢がありそうな胡桃の大木が数本あり、この辺は岩盤があるのか、石がごろごろしており、うず高く積み上げられていた。

まだこの日は旅行初日で、本当は土地を見るつもりはなく、ただ行政機関を訪ねてみようくらいの軽い気持ちでいたし、翌日からは事前にきちんとアポ取りしたログハウスビルダーや不動産屋さんを訪ねて回るつもりだったのだけど、みほの心は殆ど決まってしまっていた。

当時、イッシーは次の契約の仕事までの合間で時間に余裕があったため、平日にこんな旅行をすることができたのだけれど、Fさん曰く、また週末には田舎暮らし案内人として土地の案内をして、あの美山の土地も見せることになるという。

とりあえず上の空で予めアポをとっていた、茅野市の土地を見て回ったけれど、原村での景観があまりに素晴らしすぎて、どれもピンと来なかった。

結局、イッシーは最後まで迷っていたけれど、自分たちの縁と直感を信じ、地盤、ご近所、原村自体がどんなところかよく調べず、分からないまま、初めて原村を訪れてから、肝心の原村に1泊することもなく、2日後に土地を購入する旨Fさんに申し入れた。

10月10日が我が家の土地購入を決めた記念日となった。


ニコニコ現金払い(泣) part 1 - 2011.08.21 Sun

さて、土地を決めたら当然支払いが発生する。

イッシーは既に次の仕事の契約を無事獲得して、年明けから一家でエジプトに行くことが決まっていたことから、すぐに家を建てる予定はないけれど、とりあえず自分みたいな立場の人間が銀行にどう扱われるのか調査するために、住宅ローンを調べてみることにした。

都銀、資産の大半を預金しており、常に給与振込にも使っており、それなりに取引を重ねているM銀行に行ってみた。しかし、地目が原野であるためまったく条件も聞けず門前払い。

茅野市の地銀H銀行は美人の銀行員が丁寧に説明してくれて、ただイッシーのような職種の人を扱ったことはないということなので、検討させてくださいということであった。検討といっても、あんまりいい感じではなかったので、ここもやはりだめだろう。

おそらく国内の契約の仕事でも取らない限りは銀行のローンは使えそうもないようだった。

元々夫婦して借金が嫌いなので、貸してくれないならそりゃ現金で払うからいいわい、ということでこれからの道のりは苦難の道のり、いつもニコニコ現金払いでいくこととなった。

土地の契約の説明をFさんのペンションで受けて、10月24日午前10時、蓼科グリーンビュー開発でAさんに会い、土地の契約、登記などのお願いを行った。
11月11日、土地の代金の支払いが完了し、晴れて美山の土地が我が家のものとなった。


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