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2017-08

どんないえにしよう? ~理想と現実~ - 2011.08.23 Tue

さて、根を下ろすべき場所が決まり、次はどんなタイミングで、どのような家を、誰と、どんな風に建てるかということ考えることなった。

憧れのログハウス、そして憧れのセルフビルド、まず最初に抱いたイメージというか、理想はそんなところだった。

なにしろ、イッシーは北の国からの大ファン、みほもその影響を多分に受けていたし、また、みほはもともと簡素な足りるを知る生活が理想なため、大手のハウスメーカーで建てるよりは、五郎さんのように自分たちで自分の家を作れるのならそれにこしたことはないし、きちんと作ったほうがよいところや難しすぎるところだけ業者さんに入ってもらえればと感じていた。

そもそも土地を決めるだいぶ前、真剣に自分たちの家を建てようと考え始めたときのイメージではログハウスを建てようと思っていたのだから、まずはログハウスがどんなものか、費用はどの程度かかるかということを調べるため、それ系の雑誌やハウスメーカーを見学しにいった。

しかし、美山の里は標高1200mの高原で、厳冬期のピーク時はマイナス17度程度まで落ち込むことがあるという。イッシーは極度の寒がり(キリマンジャロ登頂などタフな経験を積んでいる割にはひ弱)なので、美山の里での生活では北海道並の性能の住宅が必要かもしれない。さて、どうしよう。ここは悩みどころだ。

イッシーの仕事の都合で、すぐに家を建てる状況にないし、この先も場合によっては長期不在になることもあるかもしれない。ログハウスは人が住み続け、手をかけて住む家ということで、特に原村のように環境の厳しいところでは、よりシビアだというアドバイスを多数頂いた。

幸い、当初検討していたより広めの土地が手に入ったので、ログとセルフビルドの夢は将来の小屋作りなどに先送りして、在来工法の高気密・高断熱の家を建てる方向で検討することに決めた。

家について検討し、プランを考える時間は長いほうがよいと考え、こんな果たして支払い能力があるのかないのか怪しい私たちと一緒にやってくれる業者さんがいるのか不安があるけれど、土地を仲介してくれたFさんとグリーンビューさんの紹介で、3名の業者さんと話をしてみることになった。


誰といえを建てよう ~依頼先探し1~ - 2011.08.27 Sat

家づくりのプランを考えるにあたり、まずはそのパートナーを探す必要があった。

原村周辺の建築業者を調べただけでもそれはもうたくさんあるのに、どう候補をしぼり、選べばいいのか。私たちの選び方はこうだった、まずは自分たちが信頼できる人に、信頼できる業者さんを紹介してもらった。

Fさんから2社、Aさんから1社紹介していただいたので、まずはその3社をあたってみて、良い出会いが与えられるか、すぐ家を建築するわけではないのでじっくり検討するつもりでいた。

1番手はDハウス、検討した中では、外観は一番好みの家を作り、窓もドイツ製の凝った開閉機構がついた、窓フェチイッシーを満足させる逸品を使っている。

原山の森の中で見て、あぁ、なんて素敵ないえなのだろうと思った家の一つはDハウスさんが建てたお家だった。

自分たちのイメージではないと感じた部分は、こもった感じの天井の低さと(実際にはそんなに低くないけれど視覚的に低く感じる)、自分たちの望む家の広さや、設備を入れると建築コストが高くなりそうなところだった。

対応していただいた社長さんもとても気さくで話しやすくて素晴らしい人柄だった。

2番手のK建設は地元で代々工務店を営む、まさに信用第一で商売をしているという、実直そうな若旦那が対応してくれた。この工務店は、いろいろ話してみて気になる部分があり、唯一、再度時間をとってもらいお話を聞きにいった。

見せていただいたお宅は、その言葉の通り、丁寧な施工をしていることが細部の仕上げから読み取れ、いい職人さんと仕事をしていることが分かり、好印象だった。

ただ、地元の普通の工務店のため、ちょっとおしゃれなお家を作ろうという場合は自分で建築士を探して設計してもらうほうがよいということなので、ちょっと上級者向けかなと感じた。

現実問題、日本に常にいるわけではなく、知り合いの建築士がいないわけではないけれど、遠方に住んでいるし、かといって自分たちが家を建てて欲しいというほど入れ込んでいる建築士がいない私たちにとっては難しい依頼先であった。


誰といえを建てよう ~依頼先探し2~ - 2011.08.28 Sun

3番目に検討した会社は今回検討した中では一番小さい会社だった。建築士さんが個人経営しており、建築創作工房というテーマに沿って家づくりに取り組んでいる、ホームデザインHARATAの原田さんにお会いした。

原田さんは変わった建築士さんで、プランを作り、図面を引くだけなく、自ら現場に入り、施工の監理をしつつ、時には自らチェーンソーを使い加工や造作を行い、大工さん他施工関係者たちと身体を使って働いているのだ。

イッシーもみほも以前は体を使いつつ、頭も使うというような、体で考えるというような仕事をしていた。そのため、肉体労働で体は疲れても、体を使い考えるほうが心身は健康になり、そのほうが頭もスッキリして良いアイデアが浮かびやすいことを知っている。

イッシーなどは現在、やや現場から離れ、オフィスワークが仕事の大半を占めるようになり、身体も心も曇ってばかりなので、日々身体を使って仕事をしている人のことは無条件にえらいと思っているようである。

実は原田さんと出会う前に、すでに無意識に原田さんの作った家を何軒か好感を持って見ていた。

原田さんの設計で家を建てた方にお会いして話を聞く機会をいただいたが、実際に家を建てた方とお会いしてお話をすると、短い時間でも、建築した本人から話をきくより色んなことがよく分かる。そして、その人が自分の家を愛し大切に思っているのを肌で感じた。

原田さんの作った家は特に内装で独特な木の使い方をしており、こんな家に住みたいと思わせてくれた。

みほは原田さんの作る家の外観よりも、人柄が信頼できそうというところと、家の中身に惚れて早々と心を決めていた。

イッシーは家の外観は好きなタイプなのになんかどこかで自分の趣味とズレていると感じつつ、また、なんとなく話が弾む感じではないと感じており、家づくりをお願いすることにものすごい乗り気というわけではなかった。

しかし、そういった方向で自分と感性が合わないほうが信頼できる人柄と思う変なところがあり、信頼出来る相手だと思っていた。

2人ともあっさり一緒に家づくりをしたい人が見つかるとは思っていなかったし、まだまだ時間があるので、もっと色んな人にあって、検討を重ねたほうがいいのではという気持ちも少しあったので迷っていた。

しかし、この仕事には信頼関係こそが一番重要な要素となることが私たち2人とも分かっていた。

そして、私たちは原田さんに家づくりのパートナーとなってもらうようお願いをした。


ホームデザインHARATA - 2011.08.29 Mon

私たちが原村(美山の里)へ移住をするにあたり家の設計と施工をお願いした、ホームデザインHARATAの原田さんは、信州省エネ住宅研究会事務局としても活動し、地球環境に優しい、人に優しい家づくりを標榜し、仕事に取り組んでいる建築士さんだ。

そして、木にこだわり、しかし建築コストをあげないように銘木などは使わず、工夫と手間で素敵な家のプランを作り上げる実力派だ。

工法は、在来工法で高気密・高断熱の家を作り、建築後の家の中と外の気温データを取るなど、日々研鑽を重ねている。なんと、水道の配管なども工夫することで寒冷地なのに凍結防止帯不要で住宅設備も寒冷地仕様でなくても大丈夫だという。

私たちのような素人にも分かり安い特徴は、外観は白い塗り壁と黒っぽく塗装された付柱がモダンな印象で、大屋根の傾斜が緩いもののなんとなくヨーロッパ風である。立派な基礎と仕上げの細部がとにかく丁寧である。

ただ、外観は原田さんのきっちりした性格を反映してか、パリッと音がしそうなほど線がかっちりしており、私たちは歪みやぶれというものが好きで。工業製品としては真っ直ぐな線がでていて当然だし、あたりまえなことだけれど、その真面目すぎる外観は少し好みからは外れている。

室内は、立派な無垢板をチェーンソーで荒々しく加工し、古代色の柿渋で塗装してシックな雰囲気が特徴的である。玄関、キッチン、トイレなどのカウンターは原田さん自身が造作の手を入れている。高い天井と塗り壁と木の雰囲気がとても素敵だ。

みほなどは無垢板の造作キッチン+造作カウンターの組み合わせをみて一瞬にしてびびっときて、原田さんに建築をお願いしたいと決めてしまったくらいで、荒々しい中にも温かみのあるまさに一品物というにふさわしい、世界に一つしかない素敵な出来栄えだ。

すぐには家を作れないという我々のプラン作りを快く引き受けていただき、それどころか、もうすぐ御柱祭があって、お祭りの前は仕事にならないから、どうあっても建築開始がお祭りの後になる私たちの依頼は余計都合が良いとおっしゃっていた。なんと、仕事を効率よく受注することよりも伝統行事優先だ。ローンを組めるかどうかも分からない私たちの話を真剣に聞いて取り組んでくれる、それだけでも素晴らしい人柄が分かる。

家の仕様は次世代省エネルギー基準でいうところのⅠ地域と同様の断熱性能を持たせる。断熱材はパーフェクトバリアやアクアフォームといったものを選択でき、窓は木製のLow-Eペアガラスサッシで、場所によっては3重窓の樹脂サッシを使うようにして高気密高断熱の住宅を建築する。

そうすることで、厳冬期でも暖炉ひとつだけで暖かく暮らせる家、明け方になっても約20度前後の室温が保たれる家になるということだ。なんと素晴らしい技術、家が完成するのが本当に楽しみだ。


家のプランづくり 2008年冬 - 2011.09.03 Sat

ここのところ、ハルガダ旅行の様子や、リアルタイムに我が家の土地で進んでいる家づくりの様子を続けて書いてきたけれど、ここでまた少し過去の話に戻って話をしたいと思う。

土地の契約、そして数名の建築業者さんとお会いするための原村訪問ののち、私たちは建築の依頼先第一候補のホームデザインHARATAの原田さんにプランの作成をお願いした。

プランをお願いするにあたり、以下のようなことを中心にお願いして、原田さんに私たちの家のイメージをふくらませていただいた。


とにかく木が多目の、木の露出が多目の家。大きな窓、大きな屋根のある家。光が入る暖かい家。高い天井、広いリビング、開放感。木の香りがする家。土地には石がごろごろしていて、家のどこかに使いたく思っている。出来れば土地にあるものを有効利用したい。

「建物の好み」
ログハウス、イギリスの住居、ドイツ・スイスの住居、北欧の住居、日本の古民家、歪みやぶれのあるものが好き。

「建物の色の好み」
北欧、イギリス、なぜか南仏(白やオレンジが好き)。

「屋根の好み」
シダーシェイク、萱葺屋根、瓦。

生活スタイル。
朝食-ダイニングにて、昼食-畳ルームかリビング、夕食-リビングかデッキ。
テレビはあまり見ない生活をしているけれど、リビングは大画面のテレビを設置し、映画、ドキュメンタリー、ライブの映像を5.1chスピーカーで楽しみたい。テレビは50型から60型程度を想定、リビングの5.1chのスピーカシステムの配線はあらかじめ壁内を通すよう配管をお願いしたい。

生活の中心はリビング。
リビングには暖炉を置いて、吹き抜けの天井にはシーリングファンを設置。

子供が小さい間は夜寝るとき雑魚寝。
子供の勉強や作業は1階でする。
子供がある程度大きくなったら1階で勉強するときもあれば2階のファミリール
ームで勉強するときもある。
子供部屋は寝られて、物が置ける最低限のスペースがあればよく、あまり快適すぎない空間にする。
夫婦の部屋はあるていど広めに取る。

ガレージを作りたい。木工作業やバイクを整備する場所にする。
プロジェクターを設置したシアタールームがほしい。
デッキでは食事やバーベキューを楽しみたい。
庭は原山(コットン村のイメージ)の家々のように里山のようにしたい。
植樹をしたい。ドングリの木や紅葉する木が植えたい。
庭では家庭菜園、果樹もとりたい。
花を植えたい。
薪作りも楽しみたい。


以上のようなあんまりまとまりのない要望を、原田さんはものともせず、第1弾として、間取りの図案と2つの外観図(案)を作ってくれた。
そしてそれを、エジプトに赴任になる前に、正式に我が家のものとなった土地をもう一度見ておきたいと原村を再訪した2008年12月下旬に、見せてくれた。

ちなみにその12月の訪問の時は、果たして冬場の原村がどんな感じなのか、寒さに耐えて暮らしていけるのかを知りたくて、遅すぎるテスト(もう既に土地も購入してしまい、テストに失敗してもどうにもならないのだけれど)も兼ねて、自分たちの土地で軽自動車に一家四人車中泊をした。

子連れとは思えない、大胆で、なかなか無謀な挑戦だったけれど、狭い車内で家族が密着して暖を取るのは、家族のいい思い出になった。

間取り図もでき、外観が見て分かる形で家のプランを示されると、気持ちの上ではかなり計画が進んだように感じ、常に持ち歩き、にやにやしながら眺めては、検討して、なんか妙に嬉しかったのを覚えている。

それからエジプトへの出発まで本当に時間がなかったけれど、赴任の準備を行いながら、その一方で、案を見た上での私たちの意見を伝えたところ、大晦日だったか、正月だったか、とにかくそんな日本ではいわゆる特別な時期に、間取り図や外観図を書きなおして「ちょっとコレと思うのが出来たので送ってみます」といってFaxで送ってくださった。

本当は記事を読んでくれる方もいるのでよりイメージしやすいよう絵をアップロードしようと思っているのだけれど、プラン中にいただいた資料は日本においてきてしまった。他の文字だらけの記事も、実はアップしたい写真があるのにそれのデータも日本にあり、少々もどかしい思いをしているけれど、いつかそれらの記事にも画像をアップロードしたい。

こんなことも、海外からこういった作業をしているがゆえに起きることなのだなと感じている。


パンゴーノパンゴーノ - 2011.09.05 Mon

私達夫婦が出会ったマラウイで学んだ言葉はチェワ語といい、日本でもいくらかは馴染みのある(と期待)スワヒリ語などと親戚筋にあたるバンツー語系に属している。アフリカ東部では「のんびり行こうぜ」という感覚が言語文化の中にも現れていて、スワヒリ語ではポレポレ、チェワ語ではパンゴーノパンゴーノと言う。

2009年の年始にプランをいただいてからの私たちの家づくりの歩みは正に「パンゴーノパンゴーノ」で、心に深く刻まれ、影響を受けたアフリカの、マラウイのリズムと同じだった。次にホームデザインHARATAの原田さんと家のことについて話すのは約1年半後、長い長い検討の時間があった。

ただ、単純にその間、一度も一時帰国せずいたためそうなっただけなのだが、長い熟成の期間を経て、私たち家族にとっての家や故郷への考え方が徐々にまとまり、そして、家づくりの方向性などが決まっていったので、それはとてもよい時間だったと今では思う。

イッシーの仕事の契約では一度赴任すると、短くて2年、最長で3年間は契約期間があるので、時間に余裕があったのだ。カイロで知り合った家好きの方に今まで読んだことがなった「住む」や「ちるちんびと」をいただき、古民家再生や小さな家の魅力を知り、庭づくりのことを具体的に考え始めた。

カイロにはアンティークのお店も多く、また、赴任後最初に住んだ家が、アンティークの家具、設備であったこともあり、元来アンティークにはそんなに興味がなかったけれど、見るうちにそれなりにその魅力や、自分たちはどんなものを好んでいるかなどが分かるようになった。

常に家づくりのことを考えて行動しているわけではないけれど、どこかで家づくりを意識していたような気がする。こうやって私たちの家づくり、故郷づくりのプランは進んでいった。


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